向こう側の少女 前半
TAG: その他 (17) /ネジ (54) /つぼち (2) /小説 (39) /関連(2) |DATE: 12/25/2012 03:29:25▲
いつからそこにいたか分からない。 ただ、気づくと私は薄暗い部屋の中たたずんでいた。 ここはどこ? 手を伸ばす。 見えない壁が、行く手を阻む。 ここはどこ? ・・・誰か、誰か・・・ あぁ・・・ ここには誰も、・・・いない。
「向こう側の少女」
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少年は、注意深く辺りの様子を窺うと、さっと、空き教室に身体を滑り込ませた。 静かに扉を閉め、大きく息を吐く。ここならば、やたらと自分に構ってくる暑苦しい級友も追っては来まい。 少年は、すでに使われなくなった机やいす、棚や教卓が乱雑に詰め込まれた教室を見渡し、どこか座れそうな場所を探した。ポケットに入れた文庫本を引っ張り出して、制服に埃がつかないように気をつけながら狭い隙間を進む。左胸につけた名札が棚の角にあたってカツンと音を立てた。プレートには「日向」の文字が刻まれている。少年は名を日向ネジ、といった。成績は優秀。友人は少なくはないが、多いわけでもない。彼は昼休みの時刻を知らせる鐘が鳴ると、こうして本を片手に一人教室を抜け出し、屋上で読書にふけることを日課にしていた。しかしここ最近、熱血馬鹿の級友に居場所が知れてしまい、一人は良くないだの何だの言って付きまとってくるようになった。ネジは、これでは読書も出来ないと、新しい安息の地を求めてこの空き教室に辿り着いたのだった。 物置と化したその教室は、長らく人が入った形跡もなく、どこもかしこも埃をかぶっていた。ネジは比較的きれいな椅子を見つけると、埃を払ってそこに腰かける。パラパラと本のページをめくり、途中になっていた所から読み進めようとして、ふと真横に大きな鏡が置かれていることに気付いた。不思議なことに、その鏡だけは周りと違って一切埃をかぶっていない。最近運び込まれたのであろうか、しかし、こんな大きな鏡が学校にあっただろうか。ネジはそこまで考えて、まぁいいか、と本に目を落とした。 **** それから数日、ネジは昼休みの度に、その教室に通うようになった。そこは、昼休みだというのに不思議なくらい静かで、生徒の声一つ聞こえなかった。音と言えば、本のページがめくられる音や、ネジが足を組みかえるときに椅子が軋む音くらいのものだった。 その日もネジは、既にこの部屋にやってきてから2冊目になった文庫本を開き、いつもの椅子に腰かけた。そのとき、ふと、視線を感じたような気がしてネジは何となく辺りを見渡す。当然周りには誰もいない。気のせいか、と改めてページを開く。と、その時、誰かが近づく気配とともに、はっきりと耳元で声が聞こえた。 『うそっ・・・もうそんなに読んじゃったんだ・・・』 「・・・え?」 思わず、ばっと顔を上げ、きょろきょろとあたりを見回す。・・・誰もいない。 しかし、気配だけは依然として近くにある。 『えっ?あっ・・・ごめんなさい、驚かせちゃったかな・・・』 「なっ・・・?」 また、声。今度は先ほどよりも遠慮がちに。 ネジは教室を見渡すが――といってもモノだらけであまり見えないが――人の影は見えない。 『あの、すみません・・・こっちです。』 「え?」 ネジがふり返ると、目に入ったのはあの鏡。そして、そこには自分の姿が映って――いなかった。 『えっと・・・はじめまして・・・?』 鏡の中に、少女が立っていた。 ネジは声も出せずに目を見開く。幻覚を見るほど、自分は疲れているのだろうか。鏡の中に、自分以外の人が見える。どこか靄がかっている部分もあるが、その顔立ちははっきりとわかる。背丈はネジと、同じくらいだろうか。切りそろえられた前髪に、背中までの長さはあろう黒髪。どこかの学校の制服なのかセーラー服に身を包み、恥ずかしそうに笑っている。恐らくネジよりも二、三歳年上に見えるその少女は、驚きのあまり固まって動けずにいるネジに申し訳なさそうに首をかしげた。 『ごめんね・・・?いつも聞こえていないみたいだったからつい・・・あ!いつもありがとう!本すっごくおもしろいよ』 「ほ、本・・・?」 『あ、その・・・!あなたがここで本を読んでいる時、横から一緒に読んでいて・・・。勝手にごめんなさい・・・』 あぁ、それでこの人は先刻驚いていたのか・・・昨晩少し読み進めたからな・・・と混乱する頭の片隅で考えながら、ネジは鏡の中の少女を改めて見る。現実離れした状況に、頭がついていかない。ただ、不思議と恐ろしい感じがしないのは、彼女が非常に恥ずかしそうにはにかみ、もじもじと手を胸の前でいじっている姿が、普通の少女のそれと何の違いもないからであろうか。 『あの・・・大丈夫?ごめんね、驚いたよね・・・。』 「あ・・・それは、まぁ、驚きます・・・けど。」 しばしの沈黙。ネジはこの通常ならあり得ない状況に、どうしていいか分からず固まっていた。相変わらず頭が上手く回らない。と、その時少女が沈黙に耐えかねてか口を開いた。 『あ、あの、いつもここで本、読んでるけど、好きなの?』 「え?あ・・・ま、まぁ・・・」 突然の質問に戸惑いながらもネジが答えると、少女は嬉しそうに手を合わせてほほ笑んだ。 鏡の中の頬が、わずかに染まり、淡い桃色になる。 『そっかぁ・・・私も好きなんだー・・・えへへ、おそろいだね?』 「は、はぁ・・・」 『あ!』 「な、なんですか・・・?」 『ごめんね!読書の時間なくなっちゃうよね、私のことは気にしないでいいからね?』 『さぁ、どうぞ』とばかりににこにこと笑う少女に促されて、思わず本を開いたネジだったが、隣でじっと見つめられては集中できない。そもそも、彼女は一体何者なのだろうか?幽霊?幽霊は鏡の中にもいるのだろうか。そもそも幽霊などという非科学的なものが存在するのか。しかし現実に目の前にあり得ないことが起こっている・・・。ちらりと横目で少女を見やると、真剣に本の文面を目で追っていた。こちらに危害を加えてくる様子もないが・・・。 キーンコーンカーンコーン・・・ 予鈴が鳴り、ネジは殆ど読み進むことなく手にした本を閉じた。 鏡をみると、少女が名残惜しそうに息を吐く。 『休み時間、終わっちゃた・・・いつもあっという間なんだよね・・・。』 そういって笑う少女が、あまりにも寂しそうな顔をするものだから、ネジは反射的にこう答えてしまっていた。 「また、来ますよ。」 何も考えず口から出た言葉だった。しまった、と少女を見ると、一瞬ぽかんとして、それから嬉しそうににっこりと笑った。 『・・・ほんと?』 「あ・・・その・・・はい。」 『うれしい!待ってるね?』 「はい・・・じゃあ、俺はこれで・・・」 『うん。またね。』 教室を出る直前、ネジがふり返ると、まだ少女は鏡の中で手を振っていた。 **** 翌日の昼休み、ネジは再び例の教室の前に立っていた。思わずまた来る、とは言ったものの、ネジは・・・迷っていた。鏡の中に、普通生きた人間がいるわけがない。冷静になって考えて見れば、明らかにおかしい。誰かのいたずらの可能性もある。こうやって自分をからかっているのかもしれない。もしくは、昨日見たことは全て幻だったのかもしれない。何にしろ、関わらないのが一番だ・・・。 それでも・・・ ガラ、と扉を開けると、ネジは例の鏡を目指して狭い道を進んだ。鏡が、ネジの姿を捉える。昨日見た少女は、いない・・・なんだ、やはりただの夢・・・ 『本当に、来てくれたんだ・・・よかった。』 突然の声に、驚いて鏡を凝視すると、先ほどまでネジを映していた場所に、嬉しそうにほほ笑む少女が立っていた。 『いつもより遅いから、もう来てくれないかと、思ったの。』 「・・・すみません。」 『ううん!来てくれただけで、嬉しいの。・・・本当に、・・・本当に、ありがとう。』 少女はほほ笑んではいるものの、その目はわずかに潤み、そして、一粒の涙がこぼれた。 「えっ・・・」 『っ・・・ご、ごめんなさい・・・!その、嬉しくてつい・・・ごめんね、気にしないで・・・』 突然の少女の涙に、ネジは慌てて少女の元に駆け寄る。少女の長い睫毛を濡らして、涙はどんどん零れおち、彼女の制服に一粒、二粒と吸いこまれていく。 少女は涙を拭うと、ネジを見てほほ笑んだ。 『私、ずっと、ひとりだったから。・・・あなたがここに来てくれて、・・・嬉しかったの。』 『だから、・・・、ありがとう。』綺麗に涙を流す少女の姿に、ネジは何も言えず、そっと、鏡に手をあてた。 面倒事は、嫌いだ。それでも・・・気づけばここにいた。自分は、何故再び来てしまったのだろう。 しばらく黙っていたネジだったが、視線を上げると、少女の目を見て、静かに口を開く。 「泣かないで、ください。その・・・女性に泣かれると・・・困る。」 『ご、ごめんね・・・。』 「べつに・・・あなたは悪くない。」 『・・・ありがとう。優しい、ね。』 少女は目の端に雫を残したまま、ゆっくりとネジの手に合わせるように、ネジよりもはるかに小さなその手を差し 出した。 手に触れる感触は、鏡の冷たいそれでしかなかったが、確かにそこにはぬくもりがある。 「俺は・・・ネジといいます。・・・あなたは?」 『え・・・?』 「名前を、知らないと・・・呼べないでしょう?」 『あ・・・ヒナタ・・・です。』 「・・・ヒナタ、・・・さん。・・・俺はちゃんと来るから、大丈夫ですよ。だから・・・」 「もう泣かないで、下さい。」そういって、ネジは微笑んだ。この人を、泣かせたくない。ここに来る理由など、分かっていた。鏡に触れる指先に力がこもる。例え、彼女が人でないとしても、この人に寂しい思いは・・・。 ヒナタと名乗った少女は目に涙を溜めながら、あはは、と声を立てて笑う。 『・・・これ、嬉し泣き、だよ?』 「それでも、・・・困ります。」 『ふふ、・・・うん、ありがとう。』 ヒナタは袖で涙を拭くと、『また・・・邪魔しちゃったね。』と綺麗に笑った。 続・・・
はじめましての方もお久しぶりですの方もこんにちは!つぼちです。 ヒナコレ参加する!と実はずいぶん前から意気込んでいたものの、やはりぎりぎりになってしましました。ごめんなさい! そして続きます。重ねてごめんなさい!後半はもう少ししたら・・・ またこの場をお借りしてこの素敵な企画を立ち上げて下さった重吉さまと、はすのさまに、心よりお礼申し上げたいと思います有難うございます。 ヒナタ様おめでとう。メリークリスマス。
[ つぼち ]