当企画は『NARUTO』日向ヒナタ溺愛非公式ファン企画です。原作者及び関連企業団体とは一切関係ございません。趣意をご理解いただける方のみ閲覧ください。

インタビューウィズヴァンパイア

TAG: 吸血鬼 (8) /カカシ (1) /ネジ (54) /光村真知 (3) /小説 (39) |DATE: 12/27/2012 20:26:04

祝☆ヒナコレ2012!
今年は参加します!!
[ 本文 ]





「ご存知の通りに、」

 

 金唐革紙の壁紙に四方を囲まれた部屋は薄暗かった。
 重厚な調度も全て、薄闇の中に沈黙している。ある意味大変に勿体無いことだ。白日の下でも十分に観賞に耐えうる、金のかかった品々であるだろうに。
「ご存知の通りに、私達のありようは吸血鬼、ヴァンパイア、と呼ばれる生き物のそれに大層似ています。」
 ゴブラン織りの張られた肘掛椅子に身を沈め、少女はゆっくりと語り出した。
「ただ、血を吸うわけではありません――」


 こんなことはとうに知っておいででしょうけれども、と前置き、それでも少女は丁寧に序説から言葉を綴った。
「吸血鬼、という存在は、出血多量、という医学知識を人が持ち得なかった時代に考え出されました。さして大きな傷を負ったわけではないのに…受けた傷の大小や深浅に関わらず、死んでしまう生き物がいるのは何故か、という疑問がそもそもの始まりでした。昔の人々は、その理由を、血というものに求めたのです。血には何か不思議な力、生きるためのエネルギーみたいなものが宿っていて、だから、さほどにひどく肉体を損ねてはいなくても、沢山の血を失ったものは死んでしまうのだと。
 そして夜の闇には、そのエネルギーを狙う魔物が跋扈しているのだと」
 薄明かりの中でも、彼女の膚のその白さ、滑らかさは十二分に見て取れる。
「ある意味でそれは正解です。…食べ物や飲み物を摂ることではエネルギーを得られない生き物…エネルギーを体内で合成できない、と言えばいいのでしょうか…純粋な状態のエネルギーでないと、自らの血肉にできない生き物」
 呟いて、少女は長い長い睫毛をしばたたかせた。愁いを帯びた白い瞳が伏せられる。
 暫く、室内には沈黙が満ちた。
「遥かな昔、大気にはもっと力があって…ただ呼吸するだけでよかった。それだけで世界に満ちているエネルギーを摂ることができた、といいます。でも…」
 細い肢体が椅子の背に軽く預けられた。
「…私が生まれた時 既に、世界はそうではなかった」
 ひそやかに、ため息のように告白は行われる。
「だから」
「人間からエネルギーを摂る」
 言葉尻をさらえば、少女は押し黙った。

「勿論、誰からでも摂れるわけではありません。適性というのか、素質というのか…体内で、太古からのエネルギーを作れるひと、というのは決まっていて…多分、それは生まれつきのものなのだと思います」
 暫しの沈黙の後、取り繕うように言って、少女は長く伸ばした黒髪の、これだけは短めに切った両脇の部分に指先を遊ばせた。
「ただ素質があるだけでもダメで、素質のある人に、…牙を打ち込む、と言えば良いのでしょうか…刻印を施すとか、しるしをつける、花を施す、…花を付ける、という言い方をするみたいですけれど。それをして初めて、エネルギーが摂れる状態になります」
 少女が身じろぎするたびに、喉もとからつま先まで、慎み深くその肢体を覆った白いワンピースの、表面がちらちらと、藤色の、すみれ色の、はたまた菖蒲色の、光沢を見せる。
「基本的には、一番最初に花を施した者の…あの、ものに。最初に花をつけたひとの、ものになります」
 もの、という言い方を、ひどく時間をかけて、ゆっくりと少女は発音した。まるで新人アナウンサーが、何度も練習したがついに滑舌良く発音できなかった単語を、本番で喋る時のように、慎重に。おそるおそる。
「自分が花をつけた相手からでないと栄養をとれないし、また、花がついていても、他の誰かの花では、栄養を分けてもらえないのです」
「つまり専属?」
「…まあ、そう…ですね。そんな感じです」
 すこし肩をすくめて、少女は苦笑した。
「だから当然、一度自分が花をつけた相手のところに何度も通うことになります」
「それこそ、陳腐な吸血鬼映画のように」
 茶化してやれば、少女は今度はくすっと、屈託なく笑う。微かにだったが、この会見で初めて、見せた気負いのない表情だった。
「でも、花をつけられても死ぬようなことはないんです…普通に飲んだり食べたりしていれば、花自身の――つけられた人自身のことも花、と呼ぶんですけれど――分のエネルギーはとれるので。
 私たちに与えるエネルギーと、花が消費するエネルギーは、どうも別のもののようで」
 ふうん。別に、良かったのに。たとえ、命を削り渡しているのであっても。
「ただ、あの…体のどこかに、独特の痣ができます。その…あの…つ、つまり…」
 へどもどと言いよどむ少女の、先をまた与えてやる。
「吸血鬼ものによくあるような牙の痕のように?」
「…はい」
「噛まれたところにできるんだーね?」
「あっ…いえ、いいえ、別にそんなことは…ただ、あの、…ええと、最初にエネルギーを貰った時に触った箇所に比較的多く出るようですけど」
「そしてそれは、別に頚動脈の位置に限らない」
「…………はい……」
「所有の証、というわけだ」
「………………………」
「他には?」
「あの…花になると、代謝の速度が変わります。年を取るのがゆっくりになる、と言えば判りやすいでしょうか」
「不老不死?」
「それは…」
「それこそ心臓に杭を打たれないと死なない?」
「…心臓に杭を打ち込まれて死なない生き物って、いるんですか……」
 聞きようによっては皮肉だったが、言いようによってそれは、単なる疑問文になっていた。
「それは、そうだーね。つまり不死ではない」
「私たちと同じ能力を得たりもできません…」
「じゃあ、痣が出来て、年を取るのがゆっくりになる。それだけ」
「…大体は」
「ゆっくり、って具体的にどれくらい?」
「判りません…ただ、多分だけれど、花は、対(つい)の寿命に合わせた時間を生きられるように、引き伸ばされてるんじゃないのかなって…」
「対?」
「え、あ、そ、その、花と呼ばれる人に対して、花にするひとを…私たちの側の種族を、そう、言うんです。…私たちの間でそう呼んでいるだけですけど」
 しどろもどろと説明する少女は、何故だか途端にもじもじし始めた。
「あの…あの、あなたに花を付けたのは、多分スカーの系譜です」
 挙句、下手糞に話題を変える。
「スカー?」
「俗称ですけど。傷跡にすごく似た形のしるしになることがとても多いんです。ヨーロッパの辺りに棲んでいる一族なんですけど」
 ああ。
 呟いて、自分の顔を派手に飾る傷跡(にしか見えない)に触る。
「君は?」
「私は…私の家系が花をつけると、額によく出ます。アジア地域に住んでいる一族に多いことなんだそうです。
 アジア地域の神様は、額に何らかの天印がある姿でよく表現されていますけど、それは私たちの花が影響したらしいです。私たち自身は人里を離れても生きていけるのですが、花は長くは生きられるし、病気とかにも罹り難いみたいだけど、それ以外は普通の人間だから…」
「人に混ざって生活していくことを好み、結果、神格化されちゃったわけだーね」
 長く若さを保ち、病にも倒れぬとあらば、何か特別の恩寵のある存在か、そも人間とは根本で異なる高次の存在として崇められることがあるのも頷ける。
「そうみたいです。宗教とか文化とか…一族の痕跡が結構残っていて、探すと面白いです」
 少女はまた屈託なく笑い、外見がほんの女学生ほどの年齢にしか見えないだけに、知識欲に目覚めたばかりの伸び盛りのようで、微笑ましい。
 ほんの少し水を向けたら、案の定、嬉々として乗ってきた。
 ボロブドゥールの無数の石像の中から、近縁の一族の印を額に付けた像をようやっと一つ、見つけた話。
 家系で花に現れる印は変わるが、印の異なる家系同士で婚姻を結んだら、生まれた子供の花は両家の印の特徴の双方を混ぜ合わせた形になり、それが西洋の、婚姻によって新たに出来た家は祖となった家の紋を混ぜ合わせて造る風習になったこと。
 チベットの石塔の中に、一族独特の合図を隠したものがいくつもあって、人が信仰のため積んだ石の塔と、どちらが先だったのかもう判然としないことなど。
 知識を得て単純に喜んでいるさまは、もしやこの、少女の姿をした生き物は、存外見かけどおりの年齢なのではと思わせるところがあった。

 暫く会話を楽しんで、頃合を見てそろそろおいとまするよと腰を上げる。
 見送りのためにか、扉口に出てきたところを見計らい、何でもないようなことのように振り返って、不意打ちを仕掛けた。
「ああ、そういえば。花に対して、対(つい)という言い方を使うのは何故」
 少女の瞳が大きく見開かれた。そうすると、白い瞳が、オパールのように複雑な色味を内包しているのが見て取れる。
 一瞬身を退きかけた手首を捉える。
 間近に見下ろす表情が歪み、
「……花は…花にとっては、生涯ただ一人の…相手だからです。でも、私たちは…」
まるで、喪服も脱がぬうちから、さあ、次はあの男に嫁げと。言い渡された未亡人のような、顔になった。
「時に…一生に、複数の花を…持つことがあります…」
「花が対の寿命にあわせた長さを生きられるなら、生涯につき花一人ということになるのに?」
 少女の顔に掘り込まれた苦痛の色がはっきりと、深いものになる。
 花は長くは生きられるし、病気にも罹り難いが、それ以外は普通の人間。
 先ほどのやりとりを思い出す。
 病気に罹り難いということは、罹らない、という絶対の確約を示すものではないのだろう。ほかにも、何かの理由で死んでしまうことがあるとも示唆している。
「…ああ、花が先に死ぬこともあるんだ。死なれたら、次の花を探すんだ」
「……はい」
 答える声は可哀想なくらい震えていた。可哀相などと、思わないけれど。
「逆を言えば、今の花が死なない限り別の人間を花にすることはできないの」
「それは…わかりません」
「なぜ?」
 詰問調で問い詰める。
「試したことも、そういう話を聞いたこともないので…」
「試さないのはなぜ?」
「………………」
 真珠の歯がただカタカタと鳴っていた。
「何か理由がある?」
「………………………その」
 ほんの少し語調を和らげれば唇を開くので、さらに声を努めて優しくして、先を促した。
「うん?」
「………その、対にとって、花は…花、は、その…単なるエサ、ではないので…」
「一度食べればそれでおしまいではない?」
「それも、ありますけど…」
「少なくとも、皿の中の食物のようには扱えないわけだ」
「……」
 ありきたりの食事を摂らないいきものに対して、これは判りにくい喩えだったかもしれない。
 捕われた手首を取り戻そうと、必死にもがくのを許さず、骨を折り砕いても構わないという意思を表示するように拘束を強めた。
「裏の裏を読むのが性分なんだよね。それに分析は得意な方なんだ。『時に』一生に複数の花を持つことがある、死なれたら次の花を探す、でも今の花が生きているうちに次を探すことはしない…愛着だって言えばそれまでだけど。花はエネルギー源なんでショ、もし死に掛けてるなら次を確保しておくのが当たり前じゃない。それをしないのは」
「やめて、もうやめて下さい…放して…」
「はっきり言ってくれる?」
 少女の大きな瞳から雫が零れ落ちた。深く俯き、捕われていない方の手でその顔を覆ってしまう。
「一族の…多くは…」
 嗚咽とともに、彼女は吐いた。
「花を失うと…次の花を選ぶことを放棄し…拒絶し…て、しまうことが殆どです…」
 結果、待つものは何か。
 心臓を貫かれて死なない生き物はいない。
 何一つ食べずに生きながらえる生き物もまた。
 それが答えだ。

「ありがとう」
 言葉が先か、手首を放すのが先か。非力なりに我が手を取り戻そうと必死に抗していた少女は唐突な解放に勢いあまって後ろに大きくよろめいた。背後の薄暗がり、正確には部屋の奥に位置する更に別の扉から駆け込んできた影が、こちらに飛び掛ってくるか少女を受け止めるか、一瞬だけ逡巡する。
「それが聞きたかった」
「貴様その顔二度と見せるな!」
 結局少女の体を抱き取って、代わりに怒号を叩きつけてくる影、否、青年の額に、浮かぶ卍に似た印を見るまでもなかった。
 自分だって、対の相手が誰かと親しく口を利いたり、あまつころころ笑ったり、挙句に力づくの真似を働かれるのを、耐えられはしない。
「訊きたいことはみんな聞いたから、言われなくても二度と会わなーいよ」
 ひらひらと手を振ってやる。
「ああ、重ねてアリガトね?俺なんか指先掠らせただけで殺せるのに、そうしなかったのは俺の対のことを考えてくれたんでしょ?俺を亡くせばあの人が悲しむ」
 これは青年の腕の中、殆どくず折れている少女に。
 そうだ彼(・)は悲しむ。
 痛くないですか?綺麗な顔だったのに。俺の顔にも傷があるから、こんな形で花が出ちゃったのかなあ。
 そう言ってこの顔に指先を滑らせて見てくれだけの傷さえ痛がったひと。
 二親を早くに亡くしたとかで、自分自身についての知識を殆ど持ち合わていない彼。
「お前の対は優しいねえ。…大切にしなよ」
 お前は、と言い添えるのはやめておいた。
 毛を逆立てるように威嚇してくる青年と、顔を伏せたまますすり泣く少女を省みず、今度こそ扉を開け放つ。
 光と活気に溢れた街に足を踏み出せば、背後の会見場は既に白昼夢のようにしか思えなかった。涙を流した少女も詮無い亡霊。
 自分の唇が酷薄な形に笑むのをカカシは自覚した。
 誰がどんなに泣き傷付いても構わない。自分の対が泣き傷付かないためならば。
 理非善悪など知らない。情などとうに凍らせた。そうして、命が尽きるまであの対と共に生き、死ぬ時は彼の命も貰っていく。次の花など自分は決して許さない。

 

 少女はいまだ泣き止まなかった。
 苦痛に耐えかねたように、絶望に打ちひしがれたように、嗚咽を吐き出し続けている。
 途方にくれてネジは、自分の手のひらの中に納まってしまう小さな肩口を撫でる。ほぼ見てくれどおりの年齢でしかない彼にとって、女の子というのはただでも度し難いいきものだ。
 見た目だけなら自分より、むしろ一つ二つ年下に見える少女が、実際にはいくつなのか、ネジはまったく知らない。その過去にいったい何があったのかも。
 彼に出来るのは、ただその肩口を撫でてやることだけ、
「…そばにいる、」
ひそやかにだが確りと囁きかけてやれるだけ。
「俺はずっとアナタのそばにいる、」
 オパールの虹彩を持った白い瞳がネジを見上げる、彼女がちっとも自分を信じてくれていないことをネジは知る、誓いははかなく破られていくものだと思っていることを。
 それでも彼は繰り返す、
「そばにいるよ」
 籠の扉が開け放たれても外に飛び立たない鳥のごとくに。
 いつかこの言葉よ届けと祈りながら。

 

 




(2012.12.27)

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光村 真知

Mirage☆ Night

TAG: 雪女 (4) /? (5) /光村真知 (3) /小説 (39) /関連(2) |DATE: 12/27/2012 22:22:10

[ 本文 ]
「旅の者ですが道に迷い夜も更けてまいりました」
冬の夜、そう言ってあばら家の、扉を若く美しい女が叩いた。
そして。



冬のきんと冴えた青から、はんなりと綿白の、あるいは薄黄色の、溶け込んだような青へと。
春の空の青はどこか優しく、自慢の恋女房のようである――と言えば、村の衆から
「惚気はもう聞き飽きた」
と返されるのは判りきっているから、口には出さないが。
もっとも当の女房殿は、この時期になると決まって憂い顔。それというのも彼女は稀なほど暑さに弱く、水がぬるむにつれて体調を崩していく。夏の間中はぐったりと、ろくに日陰から出られぬというほどなのだ。そのくせ名乗る名はヒナタ、村の悪たれどもが面白がって囃し歌まで作って歌い、激怒した息子が駆け出していって大立ち回りを演じたのも今ではいい思い出だ。


その淡い青い空の下に薄紅の、花弁を震わせ桜花の精が言う、
「それは契約、」
本性を現すかのような桜色の断髪を揺らめかせて。
「秘密を守る代わりに、女房でいてくれる、」
雪女 氷女(こおりめ)の類は、時に人里に下りてきて、一方的な契約を交わしていくのだと。
あるいは彼女らは神仙の類で、そうやって人間というもののこころやまことやあいの強さを試しているのかもしれない、と。
一方的な契約を持ちかけて、人がそれにどう応えるのか試す山神は多いのだから。


この冬ようやく見つけ出した雪女も、言った。
「これはある種の約定。だが仕掛けるのはこちらでも、破棄するのは常にそちら」
だからこそ、私たちは代償を請求できるのよ。
代償とは何か。命を奪られるのか。
問えば、何かをひどくふかく悲しむように、三重になった赤い目を瞬かせ
「なお悪い」
答えられた。
「息を吹きかけられて凍らされる。だがそれは、山域に踏み込んだ報いに凍らされるのとはわけが違う。魂までも凍てつかされ、氷漬けられ、輪廻の輪に戻ることはできなくなる」
そうして雪女の、ながい長い永い、生が尽きるまでのほんの慰めの氷人形になる。
年経た雪女ならばそうした氷人形を幾体も、持っていることさえある。まるで童女が集めた千代紙のように。
赤い唇を蠢かせた雪女が吹雪の只中に消えてから、ようやく思い出した。
あれは先の村長の末息子の、女房だった女だ。
熊のような髭を生やした末息子は腕の良い猟師だった。その女房は婀娜っぽい美人だった。仲睦まじく暮らしていたのに、いつの間にか末息子はいなくなった。女房も。自分がほんの子供の頃の話だ。


不意に桜花の精は姿を消してしまった。それで振り返ると、小道をヒナタがほてほてと、やってくるところだった。
ああ、と合点する。桜花の精は春のものだから、女房とは相性が悪いのだろう。
こちらを見つけて、はっと顔を輝かせる、「旅の者ですが道に迷い夜も更けてまいりました」、そう告げてきたあの冬の夜から変わらぬ仕草だ。
自分のもとに足を急がせる、女房はいささかも変わっていない。
村の衆は
もちのよい女
などと言うが。
自分にはわかる。
確かに昔よりは落ち着き、囲炉裏の火にあたふたしたり、煮えた鍋に近づけなくて半べそをかいたりするようなことはもうないが。幾人もの子を産み、育てて肝が据わったからそうなった、というほどのことで。
長い髪には白いもの1本混ざらず、肌は変わらず新雪のように白くふっくらと、触れる手の下で肌理は細やかに、撫でる指に伝わる弾力が衰えることもない。ほかの肌身を試してみようなどと、思ったことはないから比べたわけではないが。
沢山いた子供らもみな育ち、男なら嫁を取り、女なら嫁に行き、独立して、家に残るのは末のハナビだけだというのに。
「あの…お花見を?」
いまだ自分に話しかける時ははにかんだようになる、女房にうんと頷いてふと噴出しそうになる。
気付かないわけがあるか。
「旅の者ですが道に迷い夜も更けてまいりました」、
そう言ってやってきたあの夜から、そもそも火を怖がった。囲炉裏のそばを勧めても、竦んだようになって隙間風のあたる隅から出てこなかった。遠慮が勝っているのか、それともやむを得ず宿を借りた家で、若い男と二人きりなどという状況に怯えているのかと気を回して、深くは追求しなかったのだが。
作ってくれる飯は美味いが、どれももれなく冷えている。冷めている、のではない。冷えているのだ。時には半ば凍っていたりすることさえあった。
夏の間中暑さにへばっているくせに、寒くなってくるとやたらに元気で、くるくるとよく立ち働く。人が厭う冬場の水仕事もまるで平気だが、湯には絶対に入らない。
それでも黙って、夫婦として暮らした。いつかの夜に、彼女が決して言うなと言ったから。
ふと己の手を見下ろした。もう若いとは到底言えぬ手だ。判っている。大抵なら女房の顔を見て、過ぎた歳月を数えるんだろうなあと思えば尚おかしい。
「…? どうか、した?」
隣でヒナタが、娘のような口をきく。
「いや、」
お前を見てたら思い出したんだ、いつかの冬の夜に会ったうつくしいもののけのことを――
言いかけて、口をつぐんだ。
今まで夫婦として過ごしたのと同じだけの時間を、過ごすほど自分に寿命は残されていない。
だからといって彼岸とやらで、ヒナタが来てくれるまで待ちぼうけるつもりもない。
いつか言おうと思う。
笑いかけてやることもこの腕に抱きしめてやることも出来なくなっても、長く永いという雪女の生を、愛しい女が終えるその日までの、ささやかな慰みにでもなれるなら、それ以上に喜ばしいことはないのだから。




[ 追記 ]
重吉さまの雪女から。
「嫁にするしかないじゃない(∪^ω^)!!」
ああコレは確かに嫁にするしかあるめぇよ。
と、いうわけで。
ほかの方々の作品が、圧倒的にネジヒナが多いので、ちょっとひねって誰がお相手とも読み取れるようにしてみました。

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光村 真知

❋COMMENT❋

AUTHOR: 重吉|DATE: 12/27/2012 22:47:30|TITLE: 生きててよかった…(/∀T)

ありがとうございます!!こんな幸せなことが自分の未来に起こるなんて言われたらどんな苦難も乗り越えられそうな幸せです!!夢…?!生きててよかったよママン…(/∀T)

星に願いを

TAG: 人形 (4) /キバ (5) /シノ (4) /ネジ (54) /光村真知 (3) /小説 (39) |DATE: 12/28/2012 00:45:20

[ 本文 ]
きみはだれ。
少年は尋ねた。
少女は答えず、ただ俯いた。はにかむように。



ヒナタがバージョンアップした。


具体的に言えば、昨日までおかっぱ髪の、ネジとさして年の変わらない女の子だったものが、今日会いに来てみれば、黒髪を長く腰の辺りまで伸ばした、優艶な女性になっている。成人と呼ぶにはまだ遠い年齢だが、14のネジには十分に大人だ。
一瞬わけのわからない衝動に駆られて彼は叫びだしそうになったが、ぐっとこらえた。
そんな子供っぽい真似を抑制できないと見られるのはごめんだったし、思い出したからだ。
初めて会った時、さして違わない年に見えたヒナタはしかし、ネジが年を重ねてもずっとそのままだった。
それがある日いきなり、自分より年かさの、少女になった。まだこどものネジには、どうしてそんなことが起きるのかよく判らなかった。面影は色濃く残していたし、言うことが同じだったから、それがヒナタなのだと理解は出来たが。
理由を問うても、ヒナタは困ったように微笑むだけで、結局判らなかった。もともと彼女は、技術的なことや知識――そらはどうしてあおいの、くもはどうしておなじかたちをしてないの、なんであめがふるの、といった幼い日の質問から、活断層の正確な位置および現在地が震度5以上の地震に見舞われる確率、蛋白質の構造式からコラーゲンへの構造式への変化といった最近の問いかけまで――には正確な解答もしくは解法を即答してくれるのだが、いくつかの事柄になると途端に歯切れが悪くなるのである。解答不能分野は主に情緒的なことに集中していたが、彼女自身のことも、問うて答えてもらえぬことの一つであった。
そうこうするうちにネジの背が伸び、モニター越しの彼女に追いつき、目線が並び、そして追い越した。
あれと同じことが起きたのだ。
毎年、毎日、成長していくネジとは違い、ヒナタは何年かおきに一度だけ、年を取るのだ。そういういきものなのだ。
二回の経験からネジはそのように結論付け、――本日の「レッスン」の方に意識を切り替えた。
愛くるしい少女から、少し年上の女性への、はじめてのともだち 兼 幼馴染 兼 姉 兼 妹 兼 教師 兼 母親 兼 参謀役の変貌に、どうにも態度はぎくしゃくとしたものになってしまったが。


ヒナタが人間でないことなどとうの昔に気付いている。
昔、日向博士たちが――自分の父と伯父だが――行っていた研究の、何らかの産物なんだろう。大戦が起こらず、親たちが今も生きていれば、もっと何か判るだろうに、と嘆くネジは、ヒナタの「本体」は地上のどこかの施設にあると思っている。たとえば今自分が根城にしている研究所跡のような。
そのネジから、3万5千kmほど頭上で、人造の星が太陽光パネルを光らせたことを彼は知らない。
右に照射システム「通牙」を備えた攻撃衛星KIBA、左に地表は勿論地下建物内の索敵をも可能のインセクト・システム搭載スパイ衛星SHINOを従えた3連星の女王、星々の領域から地上の一人を撃ちぬくことも、百万人の大都市を一夜にして灰燼に帰すことも自在な狂気の兵器のことは。
自分の額には、彼女を制御するのに不可欠なチップが埋め込まれていることも。




[ 追記 ]
4.はじめてのともだち も兼ねつつ。

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光村 真知